発達障害ギリギリ日記

ASD(自閉症スペクトラム)を抱える中年の日記

なるようにしかならない。

こんにちは。久しぶりです。

 

仕事でも生真面目で頑張ることしか知らなかったけど、頑張ってもどうしようもないことを知りました。「なるようにしかならない」そんな気持ちを持てたらと思っています。最近は競馬をやったりゲームをやったりしています。仕事もちょこちょことやっていましたが、体調がすぐれずに辞めてしまいました。今後は仕事を探してまたやってみるつもりです。本当は発達障害者の自立支援とかに通った方がいいのかもしれませんが、当面の資金も必要ですし、やっぱり働くしかないのかな、と。

 

今までの頑張りが「強迫観念的」な頑張りだったと気づいて確かにそうだなと思っています。エンジンでもついているように動き回っていましたからね。冷静な判断というのは苦手でした。そうやって頑張ることに価値があると思っていたのかもしれません。ひとつのことにこだわるとその事しかやらないのも、こういう性格の特徴かもしれませんね。若い頃はそれでも通用したし、周りも認めてくれたけど、中年になるとそれだけでは肩身の狭い思いをします。そんな訳で職場にいくのも躊躇するのですが、やっぱり働いてみたいと思います。

 

短いですが、それでは、また。

泣きやすくなった話

こんにちは。

 

中年になってもやっぱり落ち込むし、すぐに悲しくなるし、感受性が高いんだと思います。年中感動できる音楽とか聴いてるし。そういうのに浸ってるのが自分に合うんでしょうね。もしかしたら、自分を慰めるためにそういうことをしているのかもしれない。映画とかアニメを見て泣いたり。最近は本当に涙もろくなってきました。昔はこんなじゃなかったです。インディーカー佐藤琢磨がインディ500を制覇した時はもちろん、泣きましたが、それ以外でも普通にアニメを見ていても泣くようになってしまいました。なんなんだろう。。これは。。。

 

でも、一人で自由を感じて安心を感じて、安全基地を求めて、こうやって感動できる音楽とかで自分を癒して、これをいつまで続けるんだろう?とも思います。自分を守る行為ですよね。これは。何か外に発散する行為ではないですよね。もっと現実に目を向けた方がいいような気もします。どこまでも癒しを求めても、何も変わらないような気もします。カウンセラーさんにはこういう落ち込んだ話は逆にできないんですよね。本来はそういう人に打ち明けるべきなんでしょうけど、褒められたいのか、自己分析をこれだけできますよ!的なことを話してしまうことが多いんですね。困ったものです。

 

あと、安心していることで、他人から優しくされたり守られていると錯覚しているのかもしれないです。そうやって、癒しを得て自分が丸くなるというか、そういう人間になれば他人は優しくしてくれる、と思ってるのかもしれません。そういうものを求めてきた部分がありますからね。でも、どこまでもそういう優しさを求めていては、先に進むことはできないかもしれません。傷つきながら、仕事を進めていくことはできても、

仕事や日常で自分に力強さを感じたり、嬉しかったり、そういう素直な感情は出てきにくいような気もします。自分は嫌われてもいいと思って、思い切りやったときに初めて安心感を得られるような気もします。ベストセラー本のアドラー心理学の『嫌われる勇気』にもそんなことが書かれていました。

 

考えてみると、心の病とか発達障害の人とか、どうしてもこういう心にフォーカスを当ててしまう部分が多いですね。もっと日常的なことを大切にすればいいのにと思います。こんなことばかり考えていては、ますます現実と離れて行ってしまうような気もしますし。第一普通の人はこんなことはあまり話題にはしないですよね。でも、私たちのような人は、そういう話題を大切にしているというか、自分のアイデンティティにもなっている部分があってなかなか手放せない、ってのも本音かと思います。これが、もっとプログラミングが飯よりも大事とか、仕事が自分のアイデンティティとかになったら、これほど悩まないで現実にも対応できるのに、、、って思います。

 

ただ、子供の頃から繊細なんですね。それが全てです。繊細だからこそ、そういうものを求めてしまうのだと思います。小説なんかも書いてますけど、でも、そういう繊細さはあまり活かせてないですね。ちっとも感動できる作品が書けてないですから。それよりも、ひたすらメランコリックな世界観を書きたい、というか書いてしまう自分がいます。もう少し、現実を見なくてはw。

 

それでは、このへんで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心に余裕のない私

こんにちは。

心に余裕のない人いますよね。私もそうです。すぐにテンパってしまって、それだからこそ自分でなんとかしなくちゃって思って、余計にテンパるパターンです。

 

でも、どしようもできないことってありますよね。それこそ、心に余裕のない人が急に余裕を持つようになるとか。いくら努力しても無理だってわかりますよね。反対に余裕のある人は小学生でもありますよね。以前習い事をしいていて、温かい家庭の子供達は余裕があるなと思ってたし、私と一緒にやっていた同級生もそう見ていたようです。

 

でも、自分でやらないとどうしようもないと反論したくなりますよね。でも、同じ努力を何年、何十年もやってて同じ過ちを繰り返してたら、さすがに努力ではどうしようもないとわかりますよね。だからって、諦めるわけにもいかないし、、、と考えて堂々巡りになるかもしれません。でも、まずは理屈で「どうしようもないことはあるものだ」

と理解することに、私はしました。まずは、そこから始めましょうというお話です。

 

気合いだけで突き進んで、うまく行っても心に余裕のない人はポキっとすぐに折れてしまいます。それで、自分を責めるパターンです。そんなパターンを変えたいと思いました。かと言って諦めるのとは違います。開き直りに近い感覚かもしれません。

 

心に余裕のない私は親もまたそうでした。父親の方でしたが。両方余裕がないパターンだと子供にも最悪ですね。母親は余裕があるまともな人でした。これはもう諦めるしかありません。典型的な思考はゼロか100かという白黒思考です。これは余裕のない人の特徴です。グレーな部分を意識できないっていう。

 

できないことに拘るよりも、できることを少しずつやっていきたいと思います。未来の不安はとりあえず置いておいて。

 

本音は開き直りを手にいれて、心に余裕を持ちたいと強く願っているのですが。。。その時点でもうだめなのかな?w

 

それでは、また。

 

 

プリウスとか何も知らず買うおっさん達。

こんにちは。プリウスが売れています。でも、買ってる年配の人はきっとどんな車だか知らずに、昔カローラ買ってたから、買う、程度の認識で買っているんだと思います。

 

車自体は素晴らしいです。最新モデルはとくに素晴らしいです。乗りごごちも、パワートレインも素晴らしいです。ただ、人を乗せるのか、荷物を積みたい車なのかその辺がはっきりしないのはちょっと、と思いますが。でも、形はセダンタイプではなくて、ハッチバックです。ハッチバックを年配の人の主流にしたトヨタはさすがだと思います。新しい価値観を提案して受け入れられた例だと思います。

 

だけど、内燃機関とモーターとの相乗効果を期待して買う人がどれだけいるでしょうか?きっと燃費がいいから、とかそんな理由で買っているのだと思います。ボディも足回りもとても改良されて、高級車のような乗り心地を手にいれています。今のトヨタのお得意の手ですよね。新しいボディ骨格を開発して、それを元に開発したのが今のトヨタ車です。メーカーは常にライバルに負けないように、新しいアーキテクチャを開発して、車を販売しますが、ユーザーがそれをどれだけ分かってるのかというのは疑問です。少なくとも、ドイツの人がこの手の車にそれほど反応しないのは、車のことを日本人以上に分かっていて、必要がないと思っているからでしょう。最近はディーゼルは悪者にされてきましたが、あちらには小さなコンパクトカーにもディーゼルエンジンが搭載されているのですから。それにドイツの車の方が基本設計、走る、曲がる、止まるが明らかにレベルが高いです。まず、車として優れてるドイツ車をドイツの人が買うのも納得できるでしょう。日本のプリウスマーケティングがうまいから、日本人が買うだけの話です。もちろん、ハード的には素晴らしい車ですが、車の基本としての性能はきっとドイツ車にはかなわないでしょう。トヨタもそれは分かっていると思います。

プリウスは三代目ですが、古いプリウスに価値を感じますか?バッテリーとか古くなったらどうなるんだろう?とか素人なら考えますよね。そうなると、新しい物を買った方が安心ですよね。だから、使い捨ての車とも言えるのではないでしょうか?

 

プリウスは確かに素晴らしい車ですが、もっといろんな車を知ってから買っても良いのでは?と思いました。

 

それでは、また。

 

 

 

 

 

 

貯金がギリギリになったので働き始める。

こんにちは。題名の通りです。そろそろ仕事を決めるつもりです。貯金がなくなったからです。障害者年金はもらってないですが、私の場合もらっても多分パチンコで数日で使ってしまうかもしれません。

 

時給、2300円のPGの仕事もありましたけど、経験が足りませんでした。そういう仕事はたくさんありました。設計者とか。でも、私には無理そうです。やっぱり大学を出ているのが特ですね。とくに工学部でちゃんとやっていた人は、食いっぱぐれないのでは?と思ってしまいました。プログラミングは独学でもできますからね。ただ、仕事は職務経験がいるので、全くないと厳しいと思います。

 

私は近くの工場で働くことになると思います。それくらいしかできることがありません。以前、通信インフラの仕事をやっていましたが、試しに電柱に登ってみようと思ったら、もう怖くなっている自分がいたので、多分無理だと思います。どこまでも気合いで突き進むタイプが、何かが壊れて、人を恐れてコソコソやるタイプに変わってしまいました。昔は本当に恐れ知らずでどこにでも飛び込んでいたような気がします。発達障害薬物療法もやってなかったですし、ワイルドでした。薬物療法をやると落ち着いた人間に変化してきますからね。ただ、私の場合は理由があって「壊れた」後に薬物療法をやったので、ただ大人しくて適応できる人になれたか?と言えばちょっと考えてしまうところです。

 

通信インフラの資格の勉強をしています。電気工事士に似ている資格で「工事担任者」という資格です。主に、電話回線とデジタル機器、ネット回線についての知識を得るものになります。これを持ってると、自営業などで光ファイバーケーブルを施工したり、電話線を引いたりすることができます。電気工事士と似てますね。もっとできる人になるとビジネスホンなどの設定や設置ができるようになります。こちらは、本当のプロ向きの仕事です。

 

発達障害があるからと言って、私みたいになるとは限りません。ちゃんと将来のビジョンを持っていれば、その方向に進めると思います。私は将来のことなど何も考えずに長く働いた会社を辞めてしまったりしてました。何にも考えてないから、その通りになってますね。人間は思った通りの方向に進むのは本当のようですね。とりあえず、日銭でもいいから稼ぐ必要があるでしょう。一生派遣でも仕事はなくならないと言えばなくならないです。仕事はいくらでもあります。真面目にならないで、そんな風に生きてみるのも悪くないと思います。ただ私も昔の人ん考えが残ってるので、ちゃんとした会社に入らないと、資格を取らないと、などと考えることがまだ残っているようです。別に、そうしなくても、何も起こらないと今になれば分かりますけれどね。私が一番恐れてるのは、そういう昔の人の価値観に染まることです。大きい会社に入らないとバカにされるとかそういう価値観です。派遣などの面接になるとそういう昔勤めていた自分を引っ張り出してきて演じてしまう自分がいます。「ちゃんとした仕事やってたんだぞ」的なアピールをしてしまう訳です。でも、工場で働くにはそういうアピールなんて実は関係ないんですよね。私はそうしないと受からないと思い込んでいるだけです。実際には、コンビニのバイトしかしたことない若者も工場で働きに来たりするので、普通に働けそうなら即採用となります。私はなんなんでしょうね。社会人としてナメられたくない気持ちが強いのかもしれません。でも、40歳にもなって、フラフラしてたら普通バカにされますよね。それを防ぐために真面目にしているのかもしれません。でも、とにかくあまり真面目になるのはよそうと思います。もう、ある部分では真面目には戻れない自分もいますが、、、。例えば、気に入らなければすぐに辞めるなど。でも、派遣でいろんなところで働いてますが、みんな遠慮なく一日でも二日でも仕事して平気で辞めていく人が多いですね。昔とは大違いです。すごくしっかりして真面目そうな人でも一日で辞めてしまいます。どうしても合わない人がいるとか、会社の雰囲気が合わないとかそんな理由です。私もそうなんですが、そういう人ってどこに行っても仕事が続かないように思います。だってすぐに嫌になってしまうんですから。よほど自分を変える努力をしないとダメですかね。それか、あまり気負いすぎないで、いつのまにか仕事が続いていた、というパターンか。後者が一番いいのかな。

 

まったくまとまりのない文章になってしまいました。すいません。m__m。

 

それでは、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

HSPなどの敏感な人は芸術活動がお気に入り?

こんにちは。

ツイッターでそんな話題を見たので書いてみました。HSPとはハイセンシティブパーソンというらしいです。敏感すぎる人です。光とか音とか服の素材とか、そんな些細なことにも気になったり、すぐに落ち込んだり、心が繊細な人と言えばいいのでしょうか?

でも、HSPだけの症状がある人がいるというよりは、発達障害にありがちな症状だったり、他の精神疾患にもありがちな症状だったりするみたいです。だから、精神病などで悩んでる人は誰もが持っているものかもしれない。

 

私も芸術活動は好きです。小説を書いたり、日記を書いたり、詩を書いたり。美術館へ行くのも昔は好きでした。言葉を書く事で救われることは確かにありますね。ツイッターにつぶやくのと、誰も見ない日記をパソコンのテキストに書き込むのを比べると、明らかに日記の方がスッキリとするし、何か一つ悩みが自分の中から出て行くのを感じるし、考えを少し整理できたかな?という気持ちにもなります。これも日記を長く続けているからかもしれません。最初はなかなか自分のことを書くのは苦手な人も多いと思うのですが、続けてくると自分の内面なども書くようになって、気持ちの整理にも使えるので便利です。あと、単純にその日に何をやってどこに行ったという忘備録にもなります。

 

小説ですが、今でも書いてます。正直自分しか読まないのでなんとも言えないのですが、暗い内容の話です。一応小説はアップロードしてますが、全部ではありません。まだ、アップしてない小説がいくつかあります。でも、本当にアップする必要があるのか?と考えると疑問です。ただ、書くことに意味があるように自分の中では感じます。正直、人に読ませるには拙い作品だな、と自分では思っていますから。小説を書いてると、つい主人公に自分の人生を重ね合わせて書いてしまうことがありますね。昔よく行った祖母の家に、主人公が出かけて行く、、、など。心理描写もそうです。心理描写といえば、私は文学が好きですが、物語よりも描写、とくに心理描写が好きで読んでいるようなものです。もちろん、話が完結するには物語は必要不可欠なのですが、その中に含まれる心理描写に作者の心の中を見るようで好きなのです。

 

今でも、小説を書いています。正直、資格の勉強も始めたので休憩すると思いますが。でも、書く意味あるのかな?と今でも思います。そんな辛いことする必要があるのか?と。でも、やることがなくなったらまた書けばいいと思います。コツコツやればいつかは完結に向かうからです。今は、一作目はiBook storeにアップロードして、二作目は編集がほぼ終わりました。三作目は三分の一くらい書いてあります。『遥かなるルーブル』というタイトルで出してます。

 

絵は苦手なので、描きませんが、文章はこれからも書いていくと思います。自分のためですね。自分が楽になりたいから書いていきたいと思います。

 

それでは、また。

 

 

 

 

 

過去に入院森田療法を受けた話

こんにちは。今年の夏は冷夏というか雨が多くて涼しいですね。過ごしやすいのでこれもいいですね。みなさんも体調にはお気をつけて、良い夏をお過ごしくださいね。

 

私は過去に入院森田療法というものを受けました。神経症(不安障害)の対人恐怖や視線恐怖を克服するためです。同じ仲間の中には、うつ病双極性障害の人たちもいました。そこは、個人の家を改築した病院でした。開業医の先生と奥様、あとは元先生の教え子だった人がサポートしてくれ、料理を作ってくれる人もサポートしてくれていました。家庭的な生活のなかで日常生活を通して、森田療法で言う「気づき」、症状はもともとあるもで取ることはできない、やるべきことに没頭するときには、脅迫観念はなくなっている、というものを目指すものでした。

 

毎日、朝、昼、晩と患者同士で料理を作ったり、昼間は卓球をしたり、芸術活動をしたり、街へ散策へ行ったりしました。それぞれ、やっぱり心の病があるので辛い場面もありました。知らない人と一つ屋根の下で暮らすので不安もありました。対人恐怖の人たち、私も含め、その場にいるのさえ辛かったです。でも、なんとか持ちこたえて退院するのは止めて続けてみることにしました。次第にその場所にいても良いのだという安心感も生まれてきました。ちゃんとした食事と規則正しい生活が私の心と体を癒して元気にしてくれました。でも、そこから仕事に通う勇気はありませんでした。長年、そういう安心した環境にいると外に出るのが怖いものです。買い物や散策、散歩では頻繁に外に出ていましたが、仕事となるとやっぱり躊躇してしまいました。

 

入院生活では、医師の家族や親戚、サポートしてくれる心理関係の大学院生の人などがいました。私はそういう人たちのことをよく知らなかったので、大げさにいうと、何か「文化」を感じました。また、彼らも普通の人であることもわかりました。優秀で恵まれているからと言って、必ずしも楽な生活ではないと知ったのです。むしろ、普通の人より、ストイックな生活をして、日々を忙しく生活し、ささやかな楽しみをみつけて生活しているようん感じました。読書もたくさんしました。日記を書くのですが、そこで先生とさまざまなやりとりもしました。週に一回の診察では先生とたくさん話をしました。そんな生活が一年くらい続きました。これはもう、生き直しと言っていい程の影響を私に与えてくれました。当たり前のように人に配慮すること、周りの人を大切にすること、物を大切にすること、いつでも勉強する姿勢を持つこと、そんな新しい習慣を私に与えてくれました。みんなで食卓を囲むという習慣も新鮮でした。喋るのは緊張しましたけど。

 

退院して、私は正社員で長く続けられるようになっていました。入院生活のおかげだと思っています。退院後はまったくの白紙、まるで学校を卒業して就職する学生のような気分で仕事を始められたからです。だから、仕事が長く続いたのだと思います。見るものが何もかも新鮮に映ったのです。入院生活という狭い空間の中から、新しい世界に出たという新鮮な気持ちがあったのだと思います。入院生活は私にとって人生の大切な時間であったと共に、多くの人と知り合い、一生の思い出を与えてくれました。本当に感謝しています。入院というとハードルが高いイメージがあるかもしれませんが、数ヶ月でも心身ともに回復することがあるので、どうしようもない時は入院することも必要だと思います。きっと元気になって帰ってくることでしょう。他人がどう思うかは関係ありません。医学的な問題で入院しているので、偏見は放って置いて、自分のためにするのです。自分の未来のためにするものだと思います。

 

それでは、また。