発達障害ギリギリ日記

ASD(自閉症スペクトラム)を抱える中年の日記

「私が定型ではなく、発達障害だと思う客観的理由」

こんにちは。就職活動を細々と続けています。まずは体力をつけなくてはと思い散歩に行ってきました。途中、ラウンドワンがあったのでクレーンゲームをやって気晴らしをしました。おかげで、気持ちよく散歩できました。

 

今回は、私が定型ではなく、発達障害だと思う客観的理由を書いてみたいと思います。大きな理由は歩き方です。胸を大きく張って肩を怒らせて歩いています。何をそんなに怒っているんだい?と通り過ぎる人は訝しげな目でこっちを見て来ますし、国道を歩いていると、そんな私にクラクションを鳴らしてくる人もとても多くいます。昔は自分がそんな怒った状態で歩いているなんて微塵ほども思っていなかったのですが、最近は私を見る人々の反応で分かるようになってきました。そう考えると、私のそういう態度のせいで、職場の人達は私に強く当たってくることが多かったのだと思います。それでも、負けるもんかと思ってやっていました。心がすうっと落ち着いて、肩の力が抜けて、軽く喋るだけで人々と話が通じる、この最近分かってきた感覚が全くなかったのです。

 

それらの原因は、脳が働かないのが一番の原因だったと思っています。いつも頭の中が曇り空のようにどんよりとしていて、そこから気持ちを切り替えようとしてもビクともしませんでした。昔は、気晴らしに何か行動してもダメで相当しつこい鬱状態だったのだと思います。また、他人に馬鹿にされたくないという気持ちや、胸を張ったり肩を怒らせてないと弱々しい男だと思って、カッコ悪いと思っていたのです。発達障害に伴う人格障害などの人は女さしさ、男らしさに拘るとどこかで読んだことがありますが、私もそんな障害まではいかなくても、そういう性質をいつの間にか身に付けてしまっていたのだと思います。客観的に見れば、何かいつも怒ってる知的障害者風な人か、ただいつも機嫌の悪さを背中で語っている人が私だったのです。

 

そんな感じで店とか買い物にいくのですから、周りの人やレジの人はびっくりしていました。それでも、気にせずに行動しまくっていました。悲しくて、泣きながら渋谷を歩いていたこともありました。長年、東京の隅々まで散歩して買い物して、歩き回っていました。ただ、毎回そんなに怒ってるようには見られなかったと思いますが、やっぱり一度気持ちが高ぶるともうその状態から抜け出すのには苦労していました。躁鬱病も入っているのでしょうか。今までそう医者に言われたことはないのですが。

 

さっき散歩した時も、コンサータを飲んですごい勢いで歩いていました。肩に力が入りっぱなしで、案の定、クルマにクラクションを鳴らされました。人って怒っている人がいると、自分もつられて怒るものなのですね。そういうことが鈍感なので知りませんでした。実際に私は怒ってはいないのですけど、相手がそう感じるのであれば、きっと私は怒っていたのだと思います。現実と認識の差があるんですね。そんな感じで散歩したんですが、ラウンドワンで疲れたので座って休んで、クレーンゲームをしていたら、妙に落ち着く自分がいました。肩がとても軽くなっていました。よく街で見る弱々しい青年のようだと客観的に思いました。でも、よく考えてみれば自分が強い根拠など何もないし、そんなのは空想の産物に過ぎません。本当の姿が今の私なのだと思いました。強がっている人ほど、いざという時には頼りにならないものです。私もそういう人でした。

 

とにかく、心が静かに落ち着いて、身体が軽くなるという事がほとんど皆無だったので、たまにこういう状態になると、これが定型という人なんだと直感的に分かります。長年、自分を観察していたので間違いありません。この状態ならどこからどう見ても定型にしか見られないはずです。この状態なら、いくら職場で緊張する場面に臨もうとかん黙の症状で喋れなくなったり、どもったりするはずがありません。何せ、軽く話すだけで思い通り話ができるのですから。鬱の時はいくら力を入れて大声で話をしても繊細さが欠けているので相手には伝わりません。今まで、どれだけ身体に無駄な力が入っていたかということです。そう考えると、不安障害のどもりや、かん黙も基本は鬱症状が引き金になっているのかもしれませんね。鬱が元凶だったと言う訳です。

 

長年、何をやっても脳のもやもやした重苦しい感じが取れなかったのですが、コンサータを飲み始めて強制的に脳内がスッキリする感覚を覚えたので、その勢いで自然の脳の働きを取り戻しつつある、ということが言えると思います。コンサータは決して動けるためではなくて、そういう頭の働きのよい習慣作りをするためにも必要な薬だと思っています。コンサータで鬱が治ったというのは、きっとそういうことも言っているのでしょう。何をやっても鬱が改善されないのから、薬で改善させるのも一つの方法だと思います。ただ、鬱の診断だけではコンサータはもらえないので、発達障害が隠れている鬱の人は長年苦しんでいるようです。

 

私も2年半くらい、薬を飲んだり飲まなかったりして、やっとそういう自分の変化を感じ取ることができるようになってきました。よほど頑固な鬱だったのですね。まるで岩のように頭が固まっているようでしたから。それも、18歳くらいのころから、、、。今はもう40歳ですからね。そんな頭がもくもくな状態で訳も分からずただただ頑張っていたのですから、傷ついたり、不安になったりするのも仕方なかったですよね。冷静さ、自分の弱さを認めて謙虚になる、ということがほとんどなかったのですから。

 

また、新しい職場に近々飛び込むことになると思いますが、これからは少しでも冷静にそして、弱々しい自分(良い意味での)になれるようにトレーニングしていきたいと思いますね。方法は、落ち着け、冷静になれと念じるだけで良いのです。また職場で目をつけられたり苛められたりするのは、仕事を続ける上でハンデになりますからね。人は、抵抗してこない人には何もしてこないのですから。そうして、こつこつ仕事をしていれば、そうそうトラブルなんて起こるはずもないのです。今までが、人に抵抗するだけだったのですから、トラブルばかりで当たり前だったのです。少しずつよい習慣を作っていけたらと思っています。

 

それでは、また。