発達障害ギリギリ日記

ASD(自閉症スペクトラム)を抱える中年の日記

安心できる環境

こんにちは。私もまだブログに慣れてないので文章のみの見栄えのしないものになってしまっています。皆さんのブログを見ると感心していまいます。

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公園に住み着いている野良猫です。この他にも5匹くらいここに住み着いています。たまに誰か餌をあげているようで、結構人懐っこいところもあるけど、やっぱり人間をかなり警戒しています。

 

私の家庭環境はあまり良いものではありませんでした。家では父親が怖いと小さい頃から感じていました。カサンドラ症候群というアスペルガーなどの夫に困る妻のことを差す言葉もありますが、息子が「お父さんを交換して〜」と叫ぶシーンのある本を読んだことがあります。こどもは素直で正直なので、「家のお父さんは何か違う、嫌だ」と思っての言葉でしょう。私も小さい頃、祖母の家に遊びに行って、帰る時間になると本気で「帰りたくない〜」と泣き叫んでいたのを思い出します。祖母からすれば、そんな孫の姿を見るのは嬉しいものだったのでしょうが、私としてはかなり本気だったのだとも思います。

 

私は家ではいつもビクビクしていました。アスペルガー父親は暴力まではを振るうことはありませんでしたが、何か雰囲気が異様というかいつもイライラを押し殺したような感じがありました。母親は私を守ろうとしたのでしょう、そのお陰でかなり過保護になってしまったようです。それでも、母親としてはそう思うのは当然だったのかもしれないと、今になれば思います。祖母の家で寝泊まりすると、夜になると家の中が静かになってとても安心するんですよね。それで、自然と寝るモードに身体と心が入っていくのです。明日も楽しいことがあるかな?なんて考える余裕さえあったのです。これが実家になると、いつも緊張でソワソワしてて、自然とリラックスして眠くなるということをあまり体験したことがありません。不安と恐怖を忘れる為に常にゲームをしたり音楽を聴いたりしてそういうことを感じないようにしていました。だから、寝るのはスイッチが切れたように眠り込むしかなかったのです。

 

そんな生活が小さい頃から続けば当然、思春期になってひどい鬱になりました。毎日身体が重くて夕方には絶望していました。それでも、必死に頑張るしかないと思っていたので、バイトや学校には休まずに行っていました。でも、今思えばここで「がむしゃらに頑張る」ことをやめることを覚えていたらその後の人生に大きな影響を与えたのにな、と悔しい気持ちになることがあります。まあ、そういう気持ちを切り替えることが大変苦手だったので、それは難しいことだったのでしょう。人は安心できる環境にいるときには、努力が実を結ぶのですが、そうでない環境の場合、心身を壊すことになると思います。そういう環境では自分が何で頑張っているか客観的に見つめていない場合が多く、ただ頑張って、何も分からず疲れ果てるということになってしまうからです。そんな生活が続けばいつかどこかで行き詰まるのは必然だったと思っています。

 

そんな状況で40歳まで来て、未だにその父親と暮らしています。毎日、小さい頃の恐怖を感じながら生活しています。もちろんリラックスというのはあまりありません。昔のことを追体験しているような感覚に支配されています。ただ、以前は一人暮らしをしていたので、そのときはとても幸せでした。やっぱり寂しいこともあるけど、私には一人暮らしが合っているようです。また、この年で一からの挑戦ですが、また一人暮らしに向けて頑張っていきたいと思っています。

 

それでは、また。