発達障害ギリギリ日記

ASD(自閉症スペクトラム)を抱える中年の日記

発達障害者は周りに合わせるとダメになる話

こんにちは。発達障害者の中でも小さい頃に運良く社会性を身につけられてその後成長する人も中にはいるみたいです。でも、そういう社会性や対話の技術を身につけられなくて大人になる人も多いかと思います。アメリカなどなら、小さい頃にちょっとおかしな言動をしたり、学力が極端に低い場合などには、児童精神科医の診察を受けるように薦められるらしく、親もそれを悪いこととせず、寧ろ与えられた機会だと積極的に子供に受診させ、発達障害の診断が出たら、特殊教育を受けさせるというのです。アメリカでは子供の10パーセントが発達障害などの診断を受けて、特別教育を受けているらしいです。対して日本の場合は0.9パーセントととても低く10分の1しか診断を受けたり、特別教育を受けていません。これは親が普通の子として育てなければ、という横並び意識が問題になっているようです。大人になってから、診断を受けた人達にしてみれば、これは悔しい出来事だと思います。いっそアメリカに生まれていたら、、、とも思います。そういう特別な教育を受けるのは当たり前の権利だからです。

 

対して日本は、野放し状態で、大人になってから発見されるので、いろいろと問題になることも多そうです。大人になってから教育しても遅いと正直感じます。社会性を身につけられなくて大人になってしまったら、普通に働いて暮らすということがとても難しいものになってしまう人も出てくると思うからです。しかし、今更過去のことを言っても仕方ありません。なんとか今の自分で行きて行くしかないのですから、、、。もちろん治療により、以前よりも落ち着きのある生活を手に入れられることもあるかと、思いますが、ADHD特有の数時間ごとに気分がコロコロ変わって不安になったり、ハイになったり、そういうのはなかなか変えられるものでもないと私は思っています。それで、さらに周りに合わせようとと必死の努力をしたら、消耗して生きる気力をなくしてしまうかもしれません。

 

発達障害の診断を受けると、今までの自分の行いを悔いることもあるかもしれません。でも、あまり周りに合わせずに自分らしくやってきたからこそ、なんとかやってこれた、もしくは仕事に邁進できた、趣味に邁進できた、などのこともあるかと思います。

これは開き直る、ということではなくて、単純に診断を受ける前なので、その状態が当たり前だと思って行動していたことが、良い面に出ていたのだと思います。診断を受けたあとにも、そういう自分が発達障害を知らなかった頃のように、ちょっとズレた行動をしてみたりして、ストレスを発散するのも良い事かと思います。変に周りの環境や人に合わせ続けるとすごいストレスが溜まってしまいます。そんな時、いままで自分はどうやってストレスを発散していたかを思い出して、スポーツをしたり、趣味をしたり、食べ歩きをしたり、自分なりの方法を見つけることは大事かと思います。何せ、発達障害者はじっとしているのが苦手です。そんな状態でさらに寝たきりになってしまえば、

悪循環となってしまいます。そうなる位なら、周りの目はとりあえず置いておいて、趣味などでストレスを発散した方が、まだマシかと思います。もう、普通になるのは諦める、ことでもあるかと思います。

 

もちろん、周りに適応できる幸運は人はそうした方が良いのですが、そうでない人は時にはがむしゃらになってでも、そういう行動が必要になってくるかなと思ったのです。でも、実際にそんながむしゃらな行動をしても人はそれほどあなたの事など気にしてはいないものです。自分が自意識過剰になってなんでも自分に向けられた視線や行動を自分に向けられたものだと勘違いしている場合がほとんどなのです。そこから、思い違いが始まります。そうならない為には、それほど障害など意識せず、ちょっと変わった自分で良いのだと開き直るのが、ひとつのポイントかと私は思いました。発達障害のことなど、診断など気にしているからいけないのだ!というコメントもあちこちで見かけます。これは一つの真実であると私も思います。一つのアプローチの方法であると思っています。

 

それでは、また。